「すみませーん。安心堂の方ですか?」
取材に訪れた私にこんな第一声を掛けてきたのは、安心堂さんに仕事を依頼していた業者さんでした。今日は出来上がったサンプルの受け取りを約束していたとの事。
思えば朝から安心堂さんはテンテコマイでした。朝一番に取材でお邪魔したはずが、私が到着した時には既に二組、お客さんが待っていました。始業してからは、とにかく来客・電話の嵐。おそらくパソコンの方はメールボックスが問い合わせや注文・打ち合わせのメールでいっぱいなのが容易に予想できます。
件の二組の来客は、始業と共にサンプルの受け取りや、出来上がった製品を受け取り、それぞれ「じゃ!」と満足げな声を上げて帰っていきました。

自他共に認める「あだち大好き人間」である丸山寛治氏に、今回の足立ブランドの受賞の喜びと、なぜ「ものづくり」を始めたのか。安心堂に至る沿革をお伺いしました。
「ついに「なんでもくん」が足立ブランドに認定され、足立区を代表する商品、技術になりました。この数年「なんでもくん」を普及させようと一所懸命努力していた結果を認められた事になるので望外の喜びを感じざるを得ない。チーム足立の一員になれたことが嬉しい。」(なんでも印刷日記)
「私は大学を昭和39年に卒業して直ぐに証券会社に勤務していました。10年間証券営業マンとして勤めましたが、一生の仕事とは考え難く、何か一生のものづくりの仕事を見つけたいと考え退社し一年間模索している時にたまたま山形の家内の実家で、ある電話機メーカーに勤めている従兄弟から困っていることがあるという話を耳に挟み、問題点は何かという事を聞き、その解決に一言口を挟んだのがキッカケで商品を納入する会社を設立する事になりました。子供の頃に、ものづくりの現場を知っていたのと、人を喜ばせたい、褒められたいという子供の心が有ったからです。」(安心堂HP)
「当社は(印刷のできないものはほとんどありません)をキャッチフレーズに形のあるものに印刷をするのを得意としてきました。ほとんどアナログの世界です、ハイテクに対してローテクと言われる世界です。毎日のようにいろいろな形状のものが持ち込まれ、そのつど頭を悩まされます、キレイに印刷ができたときのうれしさは毎日新鮮で楽しいものです。」
「「創意工夫」は難しい、天才的なひらめきがないとなし得ないと思います。ところが私のような凡夫でもニーズがあるといろいろ工夫いたします。
今の電話機はプッシュフォンですが以前はダイヤルが主流でした、今でも地方では見かけることがありますが、当時のダイヤルの数字は摩滅しない二重成型で表示 されたものでしたが、輸出ダイヤルは印刷でもよかったのです。すり鉢状の内側に印刷するのには工夫が必要です、手で試しているうちに出来ることがわかり、 手では疲れるので機械化を工夫します。普通の印刷インキでは指や人によっては鉛筆、ボールペンでダイヤルを回しますので摩滅してしまいます、磨耗に強いインキは無いかと探しているとUVインキを発見しました、そして輸出ダイヤルで取引先の事業に寄与することができました。そして当社のUV印刷の歴史が始まりました。ほとんど手探り、手作りの世界です。」

西新井大師の程近く、環七通りの椿一丁目交差点から少し入った所にある安心堂には、常に多くの来客がひっきりなしに訪れます。これは丸山氏はじめ、スタッフ一同の「とにかくやってみよう」「なんとか成功させよう」と言う熱い思いと人を喜ばせたい一心の仕事ぶりが多くのクライアントを惹きつけてやまない結果なのでしょう。現場を実際に拝見して「熱きものづくり精神」をヒシヒシと感じました。
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